誰かの為に

2006年7月12日 戯言
人が誰かの為に生きようとすることは偽善とか自己満足とか逆に立派とか偉いとかもうそういうレベルの問題ではないんです。それは当たり前のことであって自然体なんです。ネットの世界では機能しないプログラムというのはプログラムとして存立することはできません。役割を持たないプログラムは映画「マトリックスrevolution」でも伝えているように削除されてしまいます。「千と千尋の神隠し」の舞台となる旅館には何か役割を持たなければそこにおいてもらえないという掟があります。このような身近な映画が伝えるものやネットの世界の例などから、社会的な生物である人が人として心身共に健康で幸せに生きていく(活きていく)ためには常に誰かの為に生きること(機能すること)を志向していることが必要である否、自然体であることをはやく知ることが大切なんだと思っています。そんなのは近代的自我の発達が遅れたむやみに愛を叫ぶ弱い人間の考えることであって強い自分は自分の為のみに生きることが結局は賢明だと思っている人はいづれ色々と試行していくうちにそれだけではダメなんだということに気付きはじめることでしょう。(多くは恋愛によって無意識に気付きはじめるケースが多いように思いますが。)まあ例えばもう殆どボケてたようなじいさんが役所から放置自転車整理の役割を与えられた瞬間にいきなり活き活きし始めて俺が無印で買い物をしようと駅前に駐輪すると「あんたダメだよここにとめちゃ!」っておいどこにそんな力あんだよ!って突っ込み入れたくなるほどの腕力で俺のチャリを駐輪所に持ってっちゃうのは非常にストレスになりますがねww

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光

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